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2010年3月30日火曜日

今日の「両城の200階段」

DSC00298朝は、暖かい呉市としては珍しく最低気温0℃。
3月末らしからぬ気温で久々にストーブが活躍
寝床から起きられない朝でした。

日中は久々にいい天気。
からっと、かすみも少なく
春の穏やかな一日となりました。

今日の「両城の200階段」は観光客が2組。

地元が両城というご年配夫婦と、
広島から神戸の2人のお孫さんを連れた同じくご年配夫婦。

お孫さんをお連れのご夫婦は
今日が火曜日で、大和ミュージアムや中通りが休みなのを
とても残念がってらっしゃいました。

石段の家プロジェクトの話をすると、興味がおありのようで
「日中もカフェか何かあると良いと思います」と
ご提案頂きました。

これから潜水艦を見に行かれるそうです。いってらっしゃい。

2010年3月25日木曜日

プロローグ〜なぜ「石段の家」なのか

(1)平成に入り、呉地域の経済は後退~低迷を続け、
   雇用機会も縮小(事業所数も減少の一途)、
   若者は帰って来ず、昭和50年代からの人口減少を拍車し、
   呉は人口減・高齢化の先進地域の様相。
   戦前の海軍・同工廠、戦後の重工業で栄えた呉の象徴は、
   両城地区等の急傾斜地に建てられた住宅。それが当時の人口増を支え、
   呉の生活を特徴付けたが、今では住む人が少なくなり、
   空き家化が進行し問題化。

(2)呉といえば何といっても戦艦「大和」の建造。
   それから60年を経た平成17年4月に「大和ミュージアム」が開館。
   全国の人々の「大和」への関心は、呉の予想をはるかに超えて、
   5年経っても年間百万人近い来館者が押し寄せ、
   駐車、食事、お土産、宿泊に対するニーズ(というより不満)は
   ほとんど満たされないままで推移。
   「大和ミュージアム」の来館者がいまだに呉にとって
   観光客となっていない状況。

(3)一方に「両城の二百階段」を喜々として登る“海猿ツアー”の人たち。
   石段を登るのも、崖の上から海や船を眺めるのも、
   呉以外の人々にとっては“非日常”、これ即ち観光。
   また、例えば東京からのお客様を海の見える食事処へご案内すると、
   しばし見とれて溜息まじりに「素晴らしい!」と…。

(4)以上の状況の中から、私どもは、海の見える急傾斜地の空き家を
   宿泊施設として活用することを提案。名付けて

石段の家”プロジェクト!

呉への来訪者の“非日常性”、“不便さ”を観光化し、
呉を特徴付ける急傾斜地の住宅の空き家対策
(“古民家”に泊まる)にもなって、
これが呉の観光振興、地域経済活性化への一石になればと期待。

呉には「大和」を建造した産業インフラがなお現役で活動し、
その主役たちが暮らした「石段の家」や商店街が名残をとどめている。

それらを(セットとして“世界遺産”に申請したいくらいだが)
呉の財産として残すものは残し、使えるものは使って、
全国の多くの人々にも体験してもらいたいと考えています。